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考察・楽譜の電子書籍化

昨今、twitterで教科書の電子書籍化についての議論を見た。
僕は電子化には賛成派だ。別に紙やペンが無くなる訳でもなし。両方の良いところを活かしていけばよい。書くことを禁止せよとは誰も言っていないし、教科書に書き込みをしたければ現時点のソフトでも普通にできる。紙の教科書は言葉に出来るものしか伝えられない。より直感的な、リアルなイメージを伝えることが出来るのが、電子書籍だ。真新さだけで電子書籍を語るのではなく、可能性をもっと模索してもいいんじゃないか、というのが僕のスタンスだ。


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さて、本題。
楽譜の電子書籍化について、クラシック音楽の奏者としてどう考えるか。

電子化されることで、最も懸念されるのが楽譜への「書き込み」だ。音楽を専門に勉強してきた人たちの楽譜には、様々な先生のレッスンや講習会の知識や解釈の書き込みが詰まっていて、それぞれがかけがえの無い財産になっている。書き込みすぎてまともに楽譜が読めなくなり、買い直した楽譜もある。電子化することで、この書き込みが出来なくなるのではないか、という問題がまず浮かぶと思う。
しかし、これは逆に電子書籍になれば利便性が増すのだ。現時点での楽譜閲覧ソフトでも、書き込みの機能を備えたものがある(下図参照)。


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こちらはiPad用の「forScore」というアプリ。PDFの楽譜データを読み込み、書き込みができる。オーケストラのスコアを勉強するときに、大いに役に立った。もちろん書き込みの削除や編集も思いのままだ。まだまだ改善の余地があるが、十分楽譜の電子書籍化の将来性を感じさせるアプリだ。

今後もっと進化したら、例えば付箋にテキストを書き込み、貼り付けるといったことも出来るだろうし、書き込みをレイヤーで管理して、これは誰先生の解釈、これは誰々先生の解釈、と情報を整理することも出来るだろう。

それでも、紙の楽譜が良いという意見もあると思う。その気持もよく分かる。書き込みは学んできた証であり、その楽譜を宝の様に思う気持ちは僕にもある。だが、それはあくまで「アルバムを大事にする」という気持ちと同じであり、音楽家として本当に大事にしなければならないのは「書かれている内容」だ。書かれている内容を整理し、推敲し積み重ね、時には一度ゼロに戻して再構築といった作業を繰り返すのに、より適したツールやデバイスを用いるべきだと思う。

その結果、やはり紙が一番というのであればそれで構わないし、iPadのような機器がより進化して、紙にとって変わられるのであればそれでも良い。必要なのは、双方の利点を洗い出し、最善を選ぶこと。どちらか片方しか使ってはいけないなどと、誰も言ってはいないのだから。実際、書かれている内容だけが大事なのであれば、「自筆譜ファクシミリ」など残っていないはずである。

僕の勝手な想像だが、やはりいつか紙は電子書籍にとって代わられ、紙は贅沢品になる日が来ると思う。石版から紙へと文字の記録が移りつつあった時代、あんな水にも火にも弱いもので、記録など残せるものかと批判があったそうだ。それでも紙は石版にとって代わり、現代までその文化を継続してきた。今の電子書籍の論争は、その転換期の再来だ。長い歴史ゆえ紙が容易にとって代わられることはないだろうが、その文化が移行する貴重な瞬間に立ち会っているのかもしれない。

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非公開コメント

資源保護の意味でも全面的に同感です。
紙の原料からできてる楽器を使ってるため、あまり偉そうに言えませんが
量が違いすぎる。
新聞もしかり。
きっと
「こんなことが問題になってた時代もあったんだね~」
という時代もすぐくるんでしょうね…

字がひどすぎるだろそれ

>じみへんさん
早く来て欲しいですねー

>nanameさん
うるせーw テキスト入力の付箋つけられればいいんだけどね。
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